ごちゃまぜ(小説:2023-01)


『同じ町のみち』

「私のご先祖様、目蒲線っていうの」

 東京のどこか鈍い青空の下。隣に座るみちに、ぽつりと言った。

「ああ、有名らしいな」

 どこかのんびりした響きで相槌を打つのは国道15号さん。さっき「散歩の途中なんだ」と言って、私の横の椅子に腰を下ろしていた。

 15号さんは、私が立体交差で越える国道1号くんと知り合いだそう。私にはそれぞれ「第一京浜さん」と「第二京浜くん」と呼んだ方がなじみがあるけれど、1号くんは「第二京浜」と呼ばれるのが嫌みたい。

 そういえばここは私の駅の中なのだけれど、15号さんは入場券を買ってくれたのかしら?いや、道路だから買えないのかな……。

 こんなとき、私のご先祖様ならなんて言うんだろう。

 私のご先祖様……東急目蒲線。

「今でもたまに、ご先祖様の名前で呼ばれるの」

「そうなのか」

 頭をこてんと傾けながら、驚いたようにこちらを見る15号さん。

 直接の接点がない道路とは言え、同じ町を通る道だ。知っていてそんなふうに返してくれているのか、または本当に知らなかったのか。

 15号さんから目をそらして続ける。

「でも、私は東急多摩川線なの。今ここにいるのは、東急多摩川線わたしなの」

 言葉に思ったより感情が乗り、駄々をこねるような響きになってしまった。

 少し恥ずかしくなりながら、返事を横目で伺う。

「そうか。君は君なんだな」

 15号さんの声は相変わらずのんびりとしていた。

「オレも、元は1號だった。それについていろいろ言ってくる国道のやつはいる」

 緩く笑んだ口元に、感情の読めない瞳。

 皆が口を揃えて言うのがわかる。「何を考えているのかよくわからないみち」だと。

 その瞳を見ていると、私はなにか恐ろしいものを覗き込んでいるような気持ちになってしまう。

「でも、オレはオレなんだ。『1號だったから』だけじゃない。隣人がいて、友がいる。今ここにいるのがオレなんだ」

 少し身構えて聞いていたけれど、そうなんだ、と素直に思えた。

 目が合うと「ちょっとこわいな」と思ってしまうけれど、目の前の相手の言葉はとても真っ直ぐだった。

 真っ直ぐな、強い意志の込められた言葉。

 そうか。

「貴方は貴方なのね」

 そう言って笑いかける。

 さっきの私の言葉が抵抗なら、今の15号さんの言葉は肯定だった。

 私にも、私を見てくれる池上くんや東横や目黒がいる。

 ああ、そうか。

「私は、私なのね」

 尖っていた心から、力が抜ける。

「ああ、そうさ」

 隣からの、のんびりとした声をのせて、涼やかな風が吹き抜けていく。

 見上げた空は、さっきより青かった。